その日は久しぶりにいつもと違うカメラを持って向かった。少々行き詰まっていた撮影をこれでどうにか打開出来ないかと言う気持ちがあったからだ。

 向かった先は六郷土手。

 私は多摩川の中でもここは上位に食い込むお気に入りスポットで、特に川崎側の上流の競馬練習場や下流の川崎大師が少しだけの気見える辺りが殺伐としていながらも郷愁を感じさせるあたりがぐぐっと来る。


 そんな六郷土手の対岸、川崎側にある神奈川きってのソープ街堀之内の存在は数ヶ月前のカメラが壊れた日に私は初めて知った。
 午前の日ものぼりかけている頃にも関わらず男どもが店を吟味し、それを引き込もうと「只今サービスタイムでーす!」と呼び込みと思われる男が声を張り上げるのを横目に見ながら「こんなの初めて!ドッキンドッキン胸ずっきゅん!!」なんて思っていた私がまさか数ヶ月を経た今、歩を向けてしまうとはその時の私には想像もつかなかっただろう。

 そう、魔が差したとはこの事を言うのだろう。「確かこの辺だったよな・・・」というおぼろげな記憶で歩きながらも、なぜだか少し確信的だったと思い返せば確信出来る。頭の中で反復したYES,NO,はそれほど長くはなかっただろう。気付けばコンビニを出て2万円を握りしめていた。

 「××娘」

 この文字を俺は知っている。数ヶ月前ここの存在を知ってからなぜだか無償に気になりググりまくった痕跡が引き出しの二番目の奥に残っていた。そう、たしか安い。そんな程度の記憶だ。

 行くと決めてからの周りの目線が何故だか無償に気になる。車を運転している人、信号待ちをしている婦人、自転車をこぐ青年。それら全てが「こいつソープ行くんだろうな」的な目線に感じてしょうがない。わなわなと拳が震え出す。どうしようもない高揚と緊張が全身を覆った。無駄に回り道をしてみた。「へ〜」なんて風に物見遊山風味を醸し出さんと歩いてみた。

 たどり着いたたらそこにはスーツを着た男性が明らかに人員過多ではないだろうかと思える程にいた。僕の押さえていた緊張の部分が一気に溢れ出しそうになる。思わず手が震える。押さえる。震える。目の前には客が何やら話をしているが私の耳には届かない。とりあえず「総額いくらですか?」って聞くんだぞ俺!?と良い聞かせながら経って待つ。その間にもスーツの男が一人二人と増えていく。拷問だ。
 ようやく目の前の客が去り、僕は「総額いくらですか!?」開口一番訊ねた。「18300円です」当たり前だろ?目の前に書いてあるだろう?と言わんばかりの口調だ。そう、僕は目の前に陳列されている泡姫のブロマイドにしか眼がいっていなかった。盲点だ。トラップだ。

 そんなトラップをしげしげと見ながら「じゃあ、60分で」と発しながら間髪入れずに「この子でお願いします。」と言っていた。何故だかその子しか見えていなかったと今では思う。

 受付とは別の扉に案内されながら私は後悔をしていた。お金的な意味と玄人童貞を捨てる事にだ。その二つがタッグを組んで私にダブルでボディースラムを加える様にのしかかってくる。金を払ってから後悔するというのは実に私らしいと思えるがその時は切実だ。
 そんな思案をしていると待ち合い室に通されて驚愕する。そこには3名の客がおり、思い思いに時間をつぶしていた。正直客なんていないだろう。まさか知らない人と同じ待合室じゃないだろう。なんでやねん!という考えだっただけに、なんて事でしょう。

 テレビでは18歳高校を卒業した夢見る少年少女達が上京し自身の夢と葛藤するという番組が放送されていた。そんなものを眺めながら男数名は射精を待っている。テレビに映る少年は建設業をしながらモデルを目指していた。また別の少女は自身の住んでいた境遇では飽き足らず新しい自分を見つけたいと言っていた。その少女は喫茶店で働きながら以前の大家族への思いを募らせホームシックになり「こんな事する為に東京に来た訳じゃないのに・・・と言っていた。

 そんなテレビを見ながらも他の男達は次々と呼ばれ消えていった。消えていった。そして一人になりながら涙を流している少女をブラウン管越しに見つめていた、その時ようやくお呼びがかかった。泡姫だ。バッチこい。もはや私の震えは山の如しである。