エレベーターに残る香りはケープ。その匂いを嗅ぐだけで一瞬にして私の記憶は戻される。

 ばあちゃんはスナックを営んでいた。正直もうかっているとは言えない様な寂れた店だ。そんなばあちゃんが店に出る時にはいつもやり過ぎ位の化粧を施し最後にケープで髪をまとめていた。そのとき私はいつもテレビを見ながらその香りを煙たがっていた。正直あまり好きな匂いではなかった。
 しかし、その匂いがイヤだということは言えなかったし言っては行けない様な気さえしていた。その化粧も、少し時代遅れな衣装も何だかばあちゃんには似つかわしくないと思っていた。


 今はもう店を閉め、その場所も別の名前へと変わり、ばあちゃんも化粧なんてしなくなった。いつもエプロンをかけ、車を運転して、エサ掛け(スケトウダラの漁に使う針を円状のざるの様なものにかけていく作業)をして、妹と温泉に行く。金に執着しないくせに貧乏で、いつも随分と前のサスペンスを見ている。

 ある意味で私が望んでいたばあちゃんになったが、何だか少しだけ寂しい様な気もしてくる。

 あまりにも頑張り過ぎているという印象からか、もう少しゆっくりしてほしい。そんな気持ちを話せる様になれるかが私の課題の一つなのかもしれない。
 ケープの香りを受け入れられる様になる頃には、話しておきたい事だ。